ほの明るい水の中に沈みこんだような静けさに浸ってあれやこれやと物想いしているうち、いつの間にか作曲が始まっている、という日々。
次の大きな計画に向けてあれこれ想を練っていると、数年来の某無期限委嘱作品、声とピアノ(その他)の為の『ヤポネシア民謡集』ー列島各地に伝わる民謡の創造的歪曲および予め失われた架空の民謡で織りなす連作ーが、ざわざわ動き出しました。
今日は未浄書の第一曲はじめその他の粗稿をあれよあれよと追い越して、海の彼方から波間にたゆたふ不思議な歌声が…
アマビヱ様のご降臨。
朝まだき、肥後だかどこだかの穏やかな海、沿岸漁業の爺さんがノンビリ小舟を浮かべている。船べりを打つ柔らかな波音に混じって、何だか呼ばれたような気がしてふと箱眼鏡から顔を上げると、はるか遠くの海原から朧げな光をまとった人とも鳥とも魚ともつかない不思議な生き物が、切れ切れに聞こえる微かな叫びか激しい呟きの声を上げながら近づいてくる。妖にして珍なる姿に怖がるべきか面白がっていいのかわからず爺さん呆然としていると、目の前でピタリと止まったそれは、やおら「ア・マ・ビ・ヱ」と名乗りもしくはマジナイを唱えて、また何するでもなく遥かな海へとすべるようにヒョウと去っていった。ひねもすのたりのたりかな。
…という感じの曲。
果たして疫病退散の御利益ありやなしや。
さて明日はどなたがやってくる?
※ヤポネシア:作家・島尾敏雄氏考案による概念。日本国ではなく地形/風土としての日本列島を指す。ここでは、千島から琉球弧に至る日本列島=水底に横たわる異界/蛇体としてのもうひとつの日本を襲ねている。