月に錆びる夢
薄闇に舞う鳥の群
行者の杖と地霊の叫び
地の底に死せる都への祀り
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無伴奏チェロ曲
「夢祀(ユメノマツリ)」は、石豊久氏の委嘱により作曲したものである。
2004年10月、京都コンサートホールでの同氏による初演以来、芦屋、丹後、東京などでの小さな機会において、しばしば再演を重ねて来た。
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石氏とは、弦楽四重奏曲
「ウラノマレビト」の初演でご一緒したのが最初である。
氏のチェロ演奏は、他の西洋音楽家と、一風異なるところがある。
例えば音楽のエネルギーのベクトルが、外に向かって爆発する、というのではなく、内へ内へと凄まじい集中度を持って喰い込んでくるような、不思議なテンションの在り方をしているのだ。
時に何かの秘儀でもみるかのような彼の演奏に、私は新たな可能性を感じ、求めに応じて無伴奏チェロ曲に取り掛かったという訳である。
作曲の過程は、今になってみると、様々なヴィジョンやイメージといったものが、殆ど作曲者と演奏者の精神的境界すら朧げになる程の勢いで結びつき、ダイレクトに音像を形成して行くような、ある種の奇跡的な出来事であったようにも思う。
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去る2006年1月26日、東京芸術大学大学院の学位審査会(修士)公開演奏会の中で、石氏により演奏された。
一度は東京芸大を卒業し、すでに相応の音楽的キャリアを積みながらも、思うところあって再度大学院に挑戦した彼の勇気と、その在学中に新作を委嘱し、初演し、当初の約束通り修了演奏会での演奏を実現した彼の実行力に心から敬意を表したい。
同時に、単に「優秀な」というのではなく、それぞれに独自の世界を背後にたたえつつも、作品の世界に飛び込んで、質の高い音楽を実現してくれる演奏家達との出逢いが、私の作品の誕生を支えて来たということを、今さらながら感じた次第である。
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